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2012年7月

2012年7月19日 (木)

ありがとう、ララ。

ご無沙汰しています。

改めて、この度は私達家族に温かいメッセージをありがとうございました。
このブログ上でララのことを気にかけて下さった方、
実物のララと触れ合い可愛がって下さった方、
すべての方々にお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

モモとの別れから1年ちょっと。
こんなにも早く突然にララとの別れが訪れるなんて…
まるで夢の中の出来事のようで、なかなか現実のものとして受け入れることが出来ませんでした。
でも、やっと死亡届を出せたことを区切りとして、少しずつ日常に戻っているところです。
ララへの想いをきちんと残したくて、こうしてブログも書く気持ちになりました。
長文ですが、読んで頂けたら幸いです。

先月も書きましたが、退院してからのララは病気のことを忘れるくらい本当に元気でした。
この調子で行けば、薬で上手くコントロール出来るだろうと思ったし、
少なくともモモよりはきっと長生き出来るだろうと…そう信じていました。
これがララの寿命だったと、頭では理解しようとするのですが悔しくて悲しくて。
モモの死を経験して、病気の恐ろしさを分かっていたはずなのに、
あの時のような後悔は絶対にしないと決めていたのに、
「もっとこうしていれば結果は違ったかも」とか、そんな思いも次々と浮かびます。
楽観的な判断しか出来ず、ララの苦しみを十分に汲み取れなかった自分が情けないです。
もう私には、動物を飼う資格はないのかも…そんな風にさえ思えてしまいます。

あの日、7月1日(日)の夜、
ララの命を奪ったのは、恐れていた胆嚢の破裂ではありませんでした。
IBDが悪化したことで肝臓に障害が起き、その毒が脳に回ったか、
脳に血栓が出来たのが原因ではないかということでした。
異変に気づき、病院に連れて行った時にはすでに昏睡状態で回復の見込みはないと…
そう宣告を受けてしまいました。それから帰宅して1時間後に最期を迎えたのでした。
主人が言うには、息を引き取る直前に尻尾をパタパタと振ったそうです。
私達に「さようなら」を言ったのでしょうか?
それとも、迎えに来たモモの姿を見たのかもしれません。

実は、ララはIBDと胆嚢粘液嚢腫の他に『てんかん』という病も抱え、時々起こる発作に苦しんできました。
5年前、他の4匹と同じく元気に産まれてきたのに、いくら運命とは言え、
ララだけが多くの試練を背負わされたことが不憫でなりません。
でも、そんな状況の中でララは最後まで精一杯生きてくれました。
今思うと、元気に過ごした1ヶ月間は、私達への最後のプレゼントだったのかな?
楽しい想い出を残そうと、懸命に命の灯りをともしてくれたのだと…そう思っています。
そういう健気な子でした。
臆病で、甘えん坊で、私達の愛情を受けることだけに、この上ない喜びを感じていた子でした。
大人しくて、とっても賢くて、でもちょっぴりイタズラ好きな面もある、本当に本当に可愛い子でした。
我が家で産まれた時からミルクや離乳食を与え、大切に大切に育ててきた我が子でした。

4年11ヶ月という短い間でしたが、楽しい想い出はたくさんあります。
切なくてこれからもたくさん泣いてしまうと思うけれど、
その想い出を胸に抱き、私はまた頑張っていかなければと思います。
いつの日か、モモと一緒に再会できる日まで…ね。

ララ、ごめんね。そして、今までありがとう。
私はララに出会えて幸せでした。
5年前、ララを譲って欲しいと言った人がいたけれど、手放さなくて良かった。
今でも心からそう思っているよ。
本当にありがとう。

さようなら。

2012年7月 2日 (月)

旅立ち

昨夜、モモの待つ虹の橋へとララは旅立って行きました。

突然のお別れでした。

まだ4歳。
あと一週間で誕生日を迎えるはずでした。
モモの分まで、一日でも長く一緒にいたい…
たった一つ、その願いさえも神様は聞いてくれませんでした。

でも、主人と私、キキと一緒に見送れたことは感謝しなければ…
そう思っています。

可愛がって下さった皆さん、
本当にありがとうございました。。。

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