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2010年10月21日 (木)

父への想い

長く暑かった夏がようやく終わったと思ったら、急速に秋が深まりましたね。
本当に長いことご無沙汰してしまいました。
皆さん、お変わりありませんか?

私は、生活のペースも戻り、家事をして、わんこの世話をして、時々習い事に行き・・・と、以前と変わらない生活を送っています。
変わったのは父がいないということだけ。
ただそれだけです。

四十九日の日、姉からこんな話を聞きました。
2年程前、東京で有名な易者さんに会い、父の運勢を占ってもらったことがあるそうです。その時、「お父さんは10年位前に大きな病気(脳梗塞のこと?)をしましたね。
でも、その時に命拾いしたから、あとは天寿を全うするでしょう。」と言われたそう。
そして、易者さんは紙に82歳までの運勢を書き、その先のことは何も言わなかったそうです。
信じられない話ですが、父は今年、数えで82歳でした。

「その通りに父は天寿を全うしたんだ」と、それからは自分に言い聞かせています。
それでもやはり、もっともっと生きていて欲しかった・・・。
2ヶ月という時間が流れた今でも、まだそんなことを思ってしまいます。そして、優しく微笑む父の遺影を見ては、「お父さん、本当に死んじゃったんだね・・・」と呟いてしまうのです。
日常のふとした事で父を思い出し、涙が溢れます。毎日毎日泣かない日はありません。
今までに何度も別れを経験してきたけれど、大切な人を失った悲しみは、そう簡単に癒えるものではないこと、今更ながらに痛感しています。自分にとって、父がどんなに大きくてかけがえのない存在だったかということも。
その心の大きな空白を埋めるために、今までと何も変わらないように、そして、敢えて自分を奮い立たせるように忙しく過ごす・・・今はそんな毎日かもしれません。

でも、父が病床にいた時よりも、胸が締め付けられるような苦しみはなくなりました。
なす術もなく、日ごとに弱っていく姿を見ていた半年間は本当に辛かった。。。
だから、その頃の姿は出来るだけ記憶から遠ざけていきたいです。
美味しそうに食事をする姿や、大きないびきをかいて寝ている姿、楽しそうにカラオケをしている姿、大きな声で笑った顔・・・そんな元気な姿だけを大切な思い出として残していこうと思います。
そう、思い出と言えば、生前の父はとっても筆まめな人でした。
そして、事あるごとに私に手紙をくれました。

遠き日は悲しきものぞ幼子と
         遊びし我も老いて今日の日

幼き日我の腕(かいな)にまつわりて
         甘えし吾子は今日嫁ぐなり

たずさえて永き人生歩めかし
         茨(いばら)の道に我おらずとも

これは、結婚式の日にもらった手紙に書かれていた、父が詠んだ歌です。
愛情溢れる言葉の数々・・・
今、改めて読み返し、感謝の気持ちで一杯になりました。

父は、祖父母や一足先に逝った叔父叔母、友人達にはもう会えたのかな?
戦後の大変な時代の中、病床の祖父に代わって一家を支えた父。
私達家族のために懸命に働いた父。
その長い間の苦労を、今頃はきっと労われていることでしょう。
いつか私も父の元へ行けたら、「よく頑張ったな。偉かったな。」と、昔のように褒めて欲しいな。
そう言ってもらえるように、これから先どんなに辛くても悲しくても、
精一杯生きていこう。
残された母のためにも・・・そう思います。

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長々と、こんなつぶやきにお付き合い頂き、ありがとうございました。
父への想い、こうして言葉にして区切りをつけなければ、
このまま先に進めないような気がして。。。
ブログ、これからも続けていきたいと思います。
どうぞまたよろしくお願いします。

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