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2010年8月

2010年8月25日 (水)

父との別れ

8月16日月曜日 17時42分
父は81年の生涯を閉じました。
私がほんの少し病室を離れた間の出来事でした。
大きく深い呼吸を4回した後、静かに逝ったそうです。

モニター音が空しく鳴り響く中、私はただ茫然と立ち尽くすだけ。しばらくは泣くことさえも出来ませんでした。
その時は悲しみよりも、最期を見届けられず、父や残された母に申し訳ないという気持ちが強かったのです。なぜ病室を離れてしまったのか・・・と、自分を責めました。
でもそれは、私に対する父の思いやりだったのかもしれません。
最期を看取るという重荷を、私一人に背負わせたくなかったのかな・・・。
それとも、私が悲しんで取り乱す姿を見たくなかったのかな・・・。

思えばこの数ヵ月間、父は本当によく頑張りました。
長くて3ヶ月と言われていた中で、5ヶ月半もの間、水さえも口にできず、点滴だけで命を繋いでいたのです。しかも、認知症が治ってしまったと思うほど意識もしっかりとしていて、家族や看護師さんとの会話を毎日楽しんでいました。これには主治医も驚き、私達家族も、「もう少し長生きしてくれるのでは」という期待さえ持っていました。
父本人も、「またデイサービスや床屋に行きたい」「飴を食べたい」という希望を持っていました。
でも、それは叶いませんでした。
先月中旬に肺炎を起こしてから、あっという間に衰弱してしまったのです。
お気に入りの縫ぐるみを握ることも出来なくなり、手足や目、顔は浮腫み、肺にも水が溜まり、そして、点滴さえも入らなくなり、とうとう昏睡状態になりました。
多分その時はもう体力の限界だったのでしょう。
そんな中でも、家族の呼び掛けには懸命に応えようとしてくれました。
昔から家族に愚痴を言ったり、弱みを見せることのなかった父。
心身共にタフな人でした。
今思うと、そんな父に相応しい最期だったように思います。

お通夜、告別式が慌ただしく過ぎ、今ようやく、父のいない本当の悲しみと寂しさに向き合っています。
いつもと変わらず朝が訪れ、目に映る景色は何も変わらない。
なのに父の姿はない・・・。
この現実をこれから受け入れていかなければなりません。
それはとても辛いことだけど、無理をせず、泣きたい時は思い切り泣いて、時の流れが思い出に変えてくれるのを待とうと思います。

家族にとって、父はまさに大黒柱でした。
真面目で、頑固で、わがままで、口うるさいけれど、ちょっぴり茶目っ気もあって・・・
どこか憎めない人。
家族思いの優しい父でした。
思春期の頃は反発したこともあったけれど、大好きな父。尊敬できる人でした。
それなのに私は・・・いたらない娘でごめんね。
子供の頃から体が弱く、いつも心配ばかり掛けていたよね。
一番楽しみにしていた孫も、見せてあげられなかったね。
もっともっとしてあげられることがあったのに、ダメな娘で本当にごめんなさい。

夢でもいいから、父にもう一度会いたい。
会って伝えきれなかったことを言いたい。

「私は、お父さんの娘に生まれて本当に幸せでした。
お父さんは私の誇りです。今まで本当にありがとう。。。」

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